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フェアウッド・メールマガジン第39号 2010年9月10日発行

ラオスの森と焼畑民の暮らし
~ラオス北部ウドムサイ県における経験から~

東 智美(メコン・ウォッチ)

パクベン郡で見られる陸稲の収穫の様子。収穫は共同作業で行われる

「これから森を切り開きます。ほんの少しの間、森を使わせていただきますが、私たちが食べるためにお借りするだけで、収穫が終わったらお返しします。どうか今年も無事に収穫に恵まれますように」

ラオス北部で陸稲を栽培するカム民族の人びとが、焼畑を作るための伐採前に"森の持ち主"である精霊に向けて、土地利用の許しを請う儀式の一幕である。

東南アジアの内陸国ラオスでは、人口の約8割は農業に従事している。そのなかでも、山がちなラオスでは、今も焼畑による陸稲栽培が多くの人びとにとっての重要な食糧生産の手段となっている。

焼畑農業は、植生が回復するのに十分な休閑期間を確保できれば持続的な農法であり、人びとの生活を支えてきた。一方で、ラオス政府は「2010年までに焼畑を抑制する」という方針を掲げ、焼畑抑制を目的とする様々な政策を実施してきた。確かに、近年、休閑期間の短い破壊的な焼畑が拡大し、森林破壊の一因となっている。しかし、その背景には、人口増加などの内的な要因だけではなく、大規模インフラ開発事業や産業植林事業の拡大、ラオス政府による村落移転・村落合併政策や土地・森林分配事業などの外的な要因によって、地域住民の土地利用の変化が生じている場合も多い。

メコン・ウォッチが水源林保全事業を実施しているラオス北部ウドムサイ県の事例から、森と生きる焼畑民の暮らしと、そこに大きな影響を及ぼす土地・森林政策について報告したい。

ラオス北部の焼畑民の暮らしと森林利用

ラオス北部ウドムサイ県パクベン郡は、山がちな地形で、多くの住民にとって焼畑による陸稲栽培が主な生活手段になっている。この地域の焼畑は通常、7~9年周期の循環式で行われている。ある程度植生が回復した焼畑二次林を伐採し、火を入れ、陸稲を植える。収穫を終えると、その畑は数年間放置される。1年も経てば背の高さほどの草が生い茂り、やがて焼畑二次林ではタケノコなどの林産物が採れるようになる。収穫から数年が経ちある程度植生が回復すると、そこが再び農地に選ばれる。

毎年、村長や長老などが集まり、森の年数や木の大きさ、土壌の質、これまでの経験などを元に、どの森がその年の焼畑に適しているのかを判断する。村の焼畑地が決められると、村長や長老らが各世帯の労働人口に応じて、それぞれの世帯に焼畑地を割り当てる。各世帯が決まった農地を所有せず、毎年、木の大きさや土壌を見ることで焼畑の適地を決め、村の合意の下で分配が行われる同村の土地利用システムは、収穫量をできる限り安定させ、人口増加や土地利用の変化にある程度柔軟に対応することを可能にしてきた。

農地? 森林? 
―焼畑二次林の様子。焼畑民にとって、従来、 「森林」と「農地」は区別し難いものであった


人びとのフードセキュリティを支える焼畑と焼畑二次林

焼畑には、毎年、多種多様な作物が植えられる。主な作物はもちろん陸稲だが、陸稲だけを見ても、収穫までの期間によって、早稲(わせ)・中稲(なかて)・晩稲(おくて)に分けられ、さらに細かく分類すると10~20種類の品種を各世帯が植え分けている。日当たり、土壌の質、その年の気候を見て植え分けるのだが、種籾は1~2年しか保存できないため、毎年、一家に伝わる全種類の種籾が植えられる。多種類の種籾を守り続けてきた理由を村人に尋ねると、「今年一番栽培に適している米が、来年の焼畑地の土壌や気候に向いているとは限らないじゃないか。多くの種類の種籾を持っていないと、その年の状況に対応できないリスクがあるんだ」という答えが返ってきた。何世代にもわたって営まれてきた焼畑耕作の経験のなかでは、リスクを最小化し、生産を安定させるための知恵が培われてきた。また、焼畑には、米以外にも、トウガラシ、カボチャ、キュウリ、トウモロコシ、豆類、イモ類など様々な種類の作物が植えられる。

焼畑二次林で芋を掘る村人。
焼畑二次林は人びとのフードセキュリティにとって重要な役割を果たしてきた


収穫を終えたあとの焼畑二次林も、人びとの食料確保のための重要な場になっている。焼畑二次林では、数種類のタケノコ、カジノキ、カルダモン、キノコ類、イモ類などの植物や、リス、ネズミ、イノシシなどの野生動物が採取・狩猟される。こうした非木材林産物は、時には米に代わる代替食として、時には現金収入源として、村人の生活を支えている。

焼畑に植えられている食用のトウモロコシ。焼畑には陸稲以外にも野菜、豆類、イモ類など様々な種類の作物が植えられる


しかし、こうした焼畑民の生活と森を取り巻く環境は急速に変化しつつある。焼畑のリスク分散について語ってくれた村人は、ジャトロファ栽培の計画について「ぜひうちの村でも植えたいね。陸稲栽培を止めて、全部ジャトロファ栽培に切り替えたら、きっと生活が楽になるだろうよ」と話す。

ラオスでは、米など自給用の作物栽培から、トウモロコシ、ゴム、ジャトロファなどの換金作物栽培への転換が急速に進んでいる。しかし、換金作物は海外市場の動向によって価格が左右されるリスクがある。また、単一作物の連作による土壌劣化や農薬使用による家畜や住民の健康被害が起きている事例も見られる。さらに、企業との間で住民に不利な契約が結ばれるという問題も生じやすい。パクベン郡でも、こうしたリスクが十分に考慮されないまま、換金作物への転換が行われることで、地域住民のフードセキュリティが脅かされる可能性がある。残念なことに、外から持ち込まれる換金作物に対しては、地域住民が長い間かけて培ってきたリスク分散の知恵が生かされることが少ないのがラオスの現状だ。

また、トップダウンの土地・森林政策が持ち込まれるとき、村人のフードセキュリティを支えてきた焼畑二次林が「荒廃林」と見なされ、森林率向上のための「再生林」や産業植林の候補地などとして、村人のアクセスが制限されるケースも目立っている。

土地・森林政策が引き起こす問題

森の年数や木の大きさ、土壌の質を見ながら焼畑地を選び、収穫を終えた農地を、植生が回復するまで数年間放置するというサイクルで焼畑を営んできた村人にとって、従来、「森林」と「農地」は区別し難いものであった。しかし、こうした人びとの土地利用を無視した土地・森林政策の実施が、焼畑民の生活に大きな影響を与えている。

ラオス政府は「2010年までに焼畑を抑制する」という方針を掲げ、関連する土地・森林政策を実施してきた。焼畑には、新たな農地を作るために原生林を切り開く「開拓式」の焼畑と、数年間の周期で何箇所かの焼畑地を回る「循環式」の焼畑があるが、中央政府のなかでは、抑制の対象となるのは「開拓式」の焼畑とする見方が主流である。しかし、県レベルでは焼畑そのものを「遅れた農業」だとして抑制しようとする傾向が強い。こうした「焼畑」をめぐる中央と地方の認識のギャップは、土地・森林政策が実施される現場の混乱を生み出している。されに、本来、森林保全や貧困削減を目的とする焼畑抑制政策だが、農業生産性の向上や就業機会の創設を伴わず、「焼畑抑制」そのものが目的化することで、かえって破壊的な森林利用や地域住民の貧困化を引き起こしている。

また、ラオスでは、焼畑の抑制、麻薬撲滅、少数民族の管理、開発サービスや市場へのアクセス向上などを目的として、山岳部の村落を低地の道路沿いなどに移転させる政策的村落移転事業が実施されてきた。また、村落移転と併せ、開発サービスの効率化を目的に、世帯数の少ない村を合併させる村落合併政策も実施されてきた。こうした政策が実施される際、事前に環境・社会影響評価が行われることはほとんどなく、道路沿いへの人口集中によって、農地の不足や、森林の破壊的な利用が引き起こされている。

さらに、ラオスでは1990年代半ばから、自然環境の保全・焼畑耕作の抑制・換金作物の推進による地域住民の収入向上を目的として掲げる土地・森林分配事業(LFA)が実施されている。主な内容は、村落の境界の決定、新規農業用地の個人への分配、村落内の森林の利用区分などである。LFAは、それが本来目的としているように、長期の土地の使用権が得られることによる生計の安定化や、土地分配による農業生産の向上、村落間や村内の土地問題の解決につながる場合ももちろんある。しかし、北部の山岳部では、焼畑地が制限されることで十分な休閑期間をとらずに焼畑が行われるようになり、政策の本来の目的に反して森林劣化が起こったり、分配された農業用地でも、政府の支援体制が整備されておらず、開墾や新たな作物の導入が進まないまま焼畑が禁じられ、村人の貧困化につながるケースが数多く報告されている。

パクベン郡の事例:分断される「森林」と「農地」

メコン・ウォッチが活動するウドムサイ県パクベン郡でも、1996年からLFAが進められ、村の土地が「保全林」「保護林」「再生林」「利用林」などに分類されてきた。こうして実施されたLFAは、村人の土地利用の実態を無視し、これまで村人にとって一体だった「森林」と「農地」の分断するものであった。

ある村では、これまで村人が焼畑を営んできた土地の多くが保護林に指定され、村人は深刻な農地不足に苦しむことになった。村のなかには、隣村から地代を払って土地を借りたり、他の村に移住したりすることで、農地不足に対応してきた村人もいる。しかし、隣村からの借地だけでは足りず、同村のほとんどの世帯が水源林内での焼畑を続けている。LFA によって森林と農地が線引きされたことで、これまでと同じ農業を続けることが「違法行為」になっている。

同様にLFAが実施された周辺の村では、土地不足からサイクルが3 年程度まで短縮されたり、同じ土地で連作したりする村が出てきている。十分な休閑期間がとられないために、土壌劣化が進み、収穫量が落ちるという事態が生じている。

さらに、かつては村人に守られていた小川の水源近くの森が切られるようになった事例もある。水源林内の焼畑が全て「違法」となったことで、本来そのなかに存在していた村の保護林だけを守ることの意義が薄れ、水源近くで伐採や焼畑を行ってしまう村人が出てきたのである。

メコン・ウォッチの取り組み

メコン・ウォッチの活動の様子。村の森林保全・土地利用計画 について議論する村人たち


パクベン郡の事例では、トップダウンで実施された土地・森林政策が、地域住民の土地利用の混乱を招いた。一方で、大規模開発事業、産業植林、換金作物栽培などが急速に拡大しているラオスの土地・森林利用を取り巻く現状を考えれば、LFAによる土地・森林区分を否定し、地域住民の「伝統的」な土地利用のあり方に戻すだけでは問題解決につながらない。外部の企業や開発事業から村人の権利を守るためには、村人による土地・森林利用の権利が法的な根拠に支えられる必要がある。

こうした状況下で、メコン・ウォッチは、(1)森林保全と地域住民の生計の維持を両立させる水源林管理を実現すること、(2)土地森林利用に関する意思決定に住民が参加できる仕組みを作ること、(3)現場の問題を中央の政策に反映させることを目指して、同地域で水源林の利用と保全に関する調査・提言活動を行ってきた。その活動の1つがLFAのやり直しの支援である。休閑地を含めて適正な焼畑サイクルに必要な「農地」を確保すること、村が主体となって土地を管理できる権利を法的に認めていくこと、柔軟に変更を可能とする形で区分が行われることを目指している。


<関連書籍>
東智美 2010 「森林破壊につながる森林政策と『よそ者』の役割」、市川昌広・生方史数・内藤大輔編『熱帯アジアの人々と森林管理制度――現場からのガバナンス論』人文書院.

フォーラムMekongVol8 No.1 (2006.3.31発行)<特集>ラオスの土地・森林政策特集
http://www.mekongwatch.org/resource/forum/index.html#SEC18

<関連URL>
メコン・ウォッチ ラオス森林保全プロジェクト
http://www.mekongwatch.org/project/laosforestry/index.html


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