2.サラワクのパルプ用植林事業
~土地を奪われる先住民族~
アカシア植林に加え、 アブラヤシ農園も造園されている |
サラワクのビントゥル郊外。周辺は、すでに太い丸太は切りつくされた二次林が広がる。ところどころ、高木の残る森林が点在し、かつては豊かな熱帯林であったことを彷彿とさせる。その中に広大なアカシア植林の海と、等高線上に植えられたアブラヤシの苗木が見渡す限り広がっていた(写真)。
2009年2月、アカシア植林事業地を訪問する機会を得た(注1)。大規模な植林事業が内在する社会的な影響について報告する。
この事業は、サラワク州の森林局が行うPlanted Forest Pulp & Paper 事業で、グランドパーフェクト社が事業主体となっている(州政府およびKTS、サムリン、TaAnnなどが出資)。植林面積は15万haにも及ぶ。パルプ用のアカシアの植林に加え、アブラヤシ農園も造成されている。パルプ工場の建設も予定されており、中国向けの輸出をにらむ。州政府が推進するこの事業は、単に経済活動のみならず、森林保護や地域開発などの公益的な目的も併せ持つ(注2)。
事業地には240の村々が存在する。その多くが先住民族の村だ。
権利を放棄した先住民族
ビントゥル地区サンギル村に住むグリンさんたちは、10年前、タタウ川沿いのパルプ工場の計画地近くから15km程度離れた今の場所に移転した。この地域にはイバン人の住む14のロングハウス(一つのロングハウスに約13家族が住む)があり、同時期に移転した。
サラワクの土地法は、1958年以前に先住民族のコミュニティが開墾し利用している土地を、先住慣習権の土地(以下先住慣習地)とし、先住民族の権利を認めている。しかし、グリンさんたちが有していたと考えられる先住慣習地の権利は、移転とともに消滅した。新たに一家族あたり、1.2haの農地が提供されたが、法的な権利は獲得していない。
グリンさんたちは、以前は河川沿いの土地で移動耕作を営んでいた。
「移転で生活が一変した。唯一良くなったことは、道路があること。一番困っているのは、使える農地がせまくなったことだ。以前は10ブキッ(丘の意)の土地を村で使っていた」
――それなのに、なぜ移転に合意したのですか。
「パルプ工場が隣にできれば、空気や水が汚染されるだろう。企業側は学校と病院、店舗の建設を約束した。良い話に思えたから合意した。でも、学校も病院についても約束は実現されていない」
――合意書を控えていますか?
「いいや。控えは政府の事務所にあるのではないか」
合意なくして伐採開始
センゴク村に住むセンゴク・アク・サランさんは六つの村、1,000人の先住民族コミュニティのリーダーだ。彼は訴訟も辞さない構えで、コミュニティの土地の権利を主張している。
1993年に事業の話が持ち上がった。当初はAPP社の現地法人BPP社によって進められていたが、その後、同社は事業から撤退。新たにグランドパーフェクト社がやってきて土地の提供を促した。彼らは道路や貯水池の建設などさまざまな申し出をしたが、センゴクさんたちは断った。
「私たちの土地は先祖伝来のものですからね。生活の基盤でもありますし」とセンゴクさん。
2008年9月、センゴクさんたちの了承がないまま、先住民族の土地のうち、300ha以上の伐採が開始された。
これに先立つ2007年、センゴクさんたち六つの村から形成される委員会は、サラワクのタイブ主席大臣あてに自分たちの土地の権利を主張する手紙を送付。この土地の権利をめぐっては、警察や土地調査局の調査が入ったが、結局彼らは住民の権利擁護のためには何もしてくれなかったという。
「自分たちの土地を守るためには訴訟も辞さない」
「企業側は私たちがここに不法に居住していると言っています。ここは事業地だというのです。法律家は、誰もこの土地を強制的にとることはできないと言ってくれました。私たちは訴訟をしてでも、自分たちの土地を守るつもりです」とセンゴクさんは語る。
「新たに三つの村が反対に加わるかもしれません。とはいうものの、村長は政府から手当てをもらっているので、事業に反対することは容易なことではありません」
センゴクさんたちは、土地の権利を主張するため、GPSを使って先住慣習地の地図を作成した。作成に当たっては、SAM(FoEマレーシア)、BRIMASなどのNGOの支援を受けた。このような地図は、裁判の際、有力な証拠になった例がある。
150に及ぶ係争事例
サラワクには、土地と森に生活と文化の基盤を持つ多数の先住民族と、商業伐採、ダム建設、農園開発による土地、自然資源の収奪の戦いの歴史が刻まれている。州政府とグローバル経済に後押しされた開発の波は、熱帯木材の乱伐によって劣化した森林を、今度はパルプ用植林とアブラヤシ農園に変えようとしている。
そうした中、サラワク全土において、先住民族の土地をめぐる係争事例は、150にも及ぶ。
先住慣習地に対する先住民族の権利を認めたサラワク土地法(1958年)は、その後、相次ぐ改定や関連法により、骨抜きにされてきている(注3)。2001年の土地測量法は、政府が認めない測量士による測量活動は違法とし、先住民族やNGOなどが先住慣習地の地図を作成するには、罰金や禁固刑を覚悟の上で行わなければならなくなった(注4)。センゴクさんたちの地図が、法廷でどのような効力を発するかは定かではない。
「合法」だけではもう足りない本質的な影響の見極めを
サラワクから大量の熱帯木材を輸入し続けている日本にとって、サラワクの森林そして先住民族のおかれている状況に責任の一端は負っている。
サラワクの状況をみる限り、木材・紙などの調達や、開発事業の融資の際には、「合法」であることの確認のみではもはや不十分だ。「合法」性の影にかくされた、本質的な環境社会影響を見極めることが求められる。
日本では、現在、企業と生物多様性に関する議論が盛んである。この議論は、自然と共生し、利用し、依存している地元社会の暮らしや権利の尊重を織り込んで初めて実を結ぶ。地元の人たちが使っている重要な森林などの転換の回避や、地元の人たちが十分説明を受け、開発の影響を理解した上での合意の取得を重要な国際ルールとして遵守し、確認していくことが求められている。
注1)国際環境NGO FoE Japanと地球・人間環境フォーラムによる共同調査。
注2)日本製紙連合会(2008)「マレーシア国サラワク州におけるパルプ用材植林適地調査報告書」
注3)違法伐採総合対策推進協議会「インドネシア・マレーシアにおける合法性証明の実態調査」
注4) 2001年初頭、サラワク州の先住民族コミュニティがNGO支援のもとに測量・作成した先住慣習地の地図により、BPP社に勝訴した影響が大きいとされている。SCC配信ニュース「サラワクは今――先住民の土地権に大きな脅威が」参照。
http://www.gef.or.jp/activity/publication/globalnet/index.html