2.一縷の望みをつなぐコミュニティ・フォレスト
~インドネシア・スマトラ島ジャンビ州
高木仁三郎市民科学基金 アジア担当プログラムオフィサー 村上正子
インドネシアの環境NGO Walhi Jambi(ワリヒ・ジャンビ)の調査研究「持続可能な暮らしのためのコミュニティ・フォレストの促進」が、高木仁三郎市民科学基金の助成対象となり、2009年1月~7月にかけて実施されました。私は同基金のアジア担当プログラムオフィサーとして今年5月に現地を訪れる機会がありましたので、その様子などをご紹介します。
実際に現地に行くまで、「コミュニティ・フォレスト」という響きに対して、これまで耳にしてきたインドネシアなどの熱帯雨林の危機的な状況とはどこか違う「暖かみ」を感じる一方で、現実的にうまくイメージすることができず、若干の違和感も抱いていました。今回、初めて現場を訪れた結果、この概念は熱帯雨林の未来に残された「一縷の望み」と言えるのではないかと考えました。
調査現場および背景について
ワリヒ・ジャンビが今回の調査の対象とした3つの村(Durian Rambun、Lubuk Birah、Lubuk Beringin)は、インドネシア・スマトラ島中央部のジャンビ州メランギン県にあります。村へのアクセスは容易ではなく、州都ジャンビから車で片道約9時間かかります。州都から離れると穴ぼこだらけのアスファルトが続き、最終的に村に向かう道には完全に舗装がなくなるような悪路です。でもだからこそ、周辺には貴重な太古の森林が残っていると考える方が正しいのかもしれません。3つの村の一帯は、熱帯雨林遺産として世界遺産に登録されている「クリンチ・スブラット国立公園(広さ14000平方キロメートル)」の周辺に位置しています。
インドネシアでは原生林の大半が伐採や産業植林などによって失われたと言いますが、この3つの村では先住民族が伝統的に森林を利用・保全してきたことから、ワリヒ・ジャンビはこの村々の取り組みを「森林管理の成功例」としています。しかし、今回調査研究を実施することになった背景には、その森林においても、現在SINAR MASグループなどの民間企業が産業植林を行うためのコンセッションの取得をインドネシア政府に申請しており、年内にも許可が下されるかもしれないということがありました。
それを阻止するために、ワリヒ・ジャンビは村人とともに、この森を伝統的な利用・管理が行われてきた「慣習林」として登録することを目指しています。現在、法的には国がこの森林を所有していますが、慣習林登録がされれば、その共同体は、森林利用や管理の権利を法的に得ることができるようになります。そのため、この調査研究では、登録申請に必要な慣習共同体が存在する根拠として、代々村人の間に口承で伝わってきた「村の伝統的な森林管理の方法」などを調査し、文書化することを目的としました。
自然と共存する村の様子
ようやくたどり着いた村で私が目にしたのは、木でできた伝統的な家々とその玄関先に日干しされているコーヒー豆や米、そして放し飼いをされている鶏やヤギといった風景でした。人と自然が共存するこの村では、この他にもゴム、ニラム、ピーナッツ、トウモロコシ、バナナなどが採れ、村人の日々の生活の糧や収入源となっています。
村人たちは「この森林を守ることが次世代である『ひ孫の代』の環境を守ることだ」と考えているそうです。かつて、この3村はマルゴ・サグラハンというひとつの集落でしたが、1979年の村落行政法によって、3つの村落に分かれて現在に至っています。3つの村には1,672人、426家族が生活していますが、今でも村を越えた親戚関係が多く見られるそうです。
ワリヒ・ジャンビの調査から、村の生活は比較的安定しており、人々は慣習法や政府の規則に従って共同体生活を維持していることやユニークな村の伝統などが明らかになっています。例えば、古くから伝わる慣習法では、慣習林から許可なく木を伐採して売った者には、「牛一頭、米250kg、ココナッツ100個とスパイス(調味料)」を支払う罰が科せられます。また、結婚する夫婦には、共同体の一員として魚を捕っていい場所や耕してもよい畑の場所の目印(ココナッツをひくための臼など)がうたわれている詩がおくられるそうです。
写真 左) よく見られる旧式の家 写真中央) コーヒー豆を干している 写真 右) 山羊や鶏があちこちにいる 写真右下) 村の風景 |
一夜明けた晴天の日に、村からもっとも近い原生林を案内してもらいました。手つかずの森に入るまでは、過去に企業や村人によって伐採された一帯が広がっていましたが、そこでもすでに村人によってゴム畑や陸稲などが営まれていました。また、森には多数の川が流れており、そこで捕れる魚も主食のひとつとなっています。
1時間近く歩くと、そびえ立つ美しい木々が森を形づくりはじめました。村人が次々と商業価値のある木の名を誇らしげに指さしながら教えてくれました。木の種類は、マランティ、マダン、バラム、プライ、マサラなど10種類以上にもなりました。私はこうした森林を歩ける幸運を感じながら、生物多様性豊かなこの森林を一瞬にして伐採・植林し、モノカルチャー(単一種の栽培)の世界にすることによって失われる価値の大きさに圧倒されるばかりでした。この森はスマトラトラなどの絶滅危惧種の野生生物の重要な生息地であることは言うまでもありません。
そびえ立つ木々 |
現実の課題、そして続く挑戦
現実を見つめれば、残念ながら慣習林に登録されても、企業による伐採・植林から森林が守られるという保証はありません。「慣習林」登録は、県レベルで行われることになっており、十分な法律の整備がされていないことから、ジャカルタの政府がコンセッションを認可すれば、その登録は覆されてしまう可能性があるということでした。ワリヒ・ジャンビは、「県には森林を保全したいと考えている職員もいるが、行政のトップレベルには汚職が多く、あてにならない」ともこぼしていました。もし、コンセッションの許可が企業に与えられ、産業植林が行われた場合、村人には移住するか、跡地にできたプランテーションの労働者になるしか道はないといいます。アブラヤシやアカシアなどの多くのプランテーションで共通してみられるのは、他の地域から流入する大量の労働者との争いや過酷な労働環境などの問題があります。ジャンビ州では、プランテーション建設によって、土地なし農民となった住民による反対運動が頻発しているという話でした。
こうした状況の中でも、ワリヒ・ジャンビのような地元のNGOや村人たちは協力して、メランギン県に対してこの森林の慣習林登録の適切性を話し合うためのパブリック・コンサルテーションを開催するよう求めています。今年の8月に確認した時点では、コンサルテーションは開催される可能性はあるが、延期されているとのことでした。
この他にも、現地では今後、この森林を産業植林から守るために「マルゴ・サグラハンの慣習林の存在の社会的認識を高める活動」や「慣習林地域のマッピングの実施」などを行っていく予定です。また、村人には、まだ見ぬ産業植林よりも、日々起きている違法伐採が深刻な問題であると考えている人たちもたくさんいます。そうした中、村の青年が自ら進んで森林管理を行うNGOで働き、パトロールを行っているケースもありました。
遠く離れた日本にいて聞こえてくる情報だけに目を向けていると、熱帯雨林やその地域の自然の運命についてはどうしても悲観的になりがちですが、今回現地のNGOや人々の活動に触れ、コミュニティ・フォレストという概念で森林を守るためにはやらなければならないことがたくさんあって、一分一秒を惜しんで活動をしている様子を見ていると、遠く日本に住み、その森林資源の消費者にもなっている私たちがあきらめることは、まだ許されないだろうということを感じました。
(*)高木仁三郎市民科学基金(高木基金)は、脱原発を掲げて市民科学者として活躍した故高木仁三郎氏の遺産ならびに市民からの寄付・会費を財源として、2001年から国内・アジア各国の調査研究や研修に助成を行っています。このワリヒ・ジャンビの調査研究「持続可能な暮らしのためのコミュニティ・フォレストの促進」には30万円が助成されました。
ウェブサイト http://www.takagifund.org
参考文献
・ワリヒ・ジャンビ調査研究報告書
・インドネシアにおける慣習林(Hutan Adat)スキームの現状と課題/日本熱帯生態学会ニューズレター No. 73 (2008)