3.森林整備に投資される補助金について
清水
文明 氏
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造林補助制度の概要本稿では造林補助金の概要について説明します。日本の森林には国が保有する国有林とそれ以外の民有林に二分されます。民有林には個人が所有する私有林と市町村・県が所有する公有林があり、合わせて民有林として分類されています。国有林については国有林野事業という名称で林野庁直轄の事業が実施されており、民有林については森林整備資金という制度があります。今回取り上げる造林補助金はこの民有林を対象とした補助制度のことです。
造林補助金
森林整備資金(造林補助金)はその森林で行われる施業(植林や間伐、枝打ちなど)について、その実績に応じて支払われる補助金のことを指します。この造林補助金は森林法193条に基づき、国の事業として行われています。都道府県は国庫補助金として受け取った造林補助金を事業主体に交付します。逆に、補助を受けたい者は自分の行った施業実績に応じて申請します。
補助金は補助金のメニューにもよりますが、国費と県費・市町村費が合計されたものが実績に応じて支払われます。標準的としては、事業費に対して国が30%、県が10%、合わせて40%くらいを補助する形になっています。どのくらいの補助率となるのかは行われた施業によって異なり、造林(植林)、下刈りなど負担の大きい施業ほど補助率が高くなります。また、場所や森林の年齢、利用する制度によってまちまちで市町村費が追加される場所もあるため40%を超える補助率である場所も少なくないでしょう。
また、この補助を受けるためには個人で申請する場合0.05ha(森林組合に申請を委託する場合は0.01ha)以上の施業が行われていなくてはならず、測量図などの施業実績の図面も必要です。また、当然のことですが国費が入っているため、会計検査の対象となります。
大規模な林業事業体であれば書類の作成は可能でしょうが、小規模の森林所有者にとって、その書類作成は大きな負担となります。もっとも小規模所有者は面積的な採択用件で不採択になる可能性もあり、主だった補助金認可の事例は森林組合が小規模所有者を集めて、まとめて施業を行う場合で、その際は森林組合が申請書類を作成するので小規模の森林所有者への負担はありません。補助金についても実質的には施業にかかった経費との差し引き額なので、「お宅様の山でやった間伐のお代はいくらでしたよ」というような会話が交わされているものと思われます。
補助金のメニューについて
それでは造林補助制度でいくらもらえるのでしょうか。補助金と一口にいっても、日本は地形・気象条件がかなり異なるため、都道府県ごとに補助体系・補助率が異なります。これらは非公開ではありませんのでいくつか例にとって見ていきます。
表1 各作業に対する補助金額、および採択基準について
作業名称 | 作業内容 | 補助金額(千円) | 主な採択基準 |
再造林・拡大像林 | 地拵え及び植栽 | 308~1,142 | 植栽本数=2、000本/ha以上(スギ・ヒノキ) 植栽本数=1、000本/ha以上(広葉樹) |
下刈(全刈) | 植栽木周囲の雑草の除去 | 65~123 | 林齢1~7年 1回刈 |
除伐 | 植栽木周囲の雑木の除去 | 94~146 | 林齢16年生~ 本数で20%以上の伐採 |
間伐(伐倒のみ) | 植栽木の間引き | 94~146 | 林齢16年生~ 本数で20%以上の伐採 |
間伐(林内整理) | 植栽木の間引き 植栽木の玉切り・集積 |
172~268 | 林齢16年生 本数で20%以上の伐採 |
枝打 | 植栽木の枝葉の除去 (生枝を含め、地上から3.5m以上) |
66~373 | 林齢11~30年生 枝打高3.5m以上 |
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/norin/shinrin/zourin/ZOURINN.htm
表1は東京都の補助金額について記してあります。間伐(伐倒のみの場合)、1ha当たり、9万4千円から14万6千円程度の補助金が出る、と読めます。このおよそ5万円のふり幅は、森林の年齢(林齢)や補助金のメニューなどによる違いであると考えられます。実際の作業経費からこの補助金額を差し引いた額が所有者の負担になる、というわけです。
もっとも、この表には作業にかかる標準経費についての記載がないため、実際の補助率については読み取れません。もうひとつ事例を見てみましょう。表2には三重県 の「長期育成循環施業」を記しました。S
表2 長期育成循環施業にかかる補助金額について
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http://www.pref.mie.jp/SHINHO/gyousei/zourin/chouki.htm
造林補助金の目的
それでは、このように民有林に対して公的関与を行う根拠は何なのでしょうか?民有林ということは一応私有地であり、見方によれば私財の管理経費を補助しているとも解釈できます。長期育成循環施業のように森林所有者へ利益が出てしまう場合すらあるわけです。
これに対する回答としては、①森林が公共財としての側面を有していることと、②造林に投下された経費の回収には農業などと比較し、はるかに長期間となることがあげられます。
井口は このことについて「投下資本が超長期にわたり固定される造林投資では、他産業における投資に比べ著しく不利である上、その長期の固定資本に見合った高い利潤率を確保することは通常困難である。それにもかかわらず、経営森林が発揮する諸機能に対し、多くの場合、林産物以外にはなんらの対価も支払われない」と述べています。森林は私有財産でありながらその機能が公益性を持つものであり、しかもそれが個人の所有者にとって扱いにくいものであることが、補助金を拠出する基本的な根拠となっています。 このように所有者負担を軽減することによって保育を進め、質の高い木材を生産することに加え、水源のかん養や災害防止、さらにはCO2吸収量の確保などの公益性の高い森林にすることがこの補助金の目的とされています。
森林整備の予算について
林野庁の予算のうち森林整備に向けられているものは様々です。治山事業もその一例です。治山事業と聞くと森林整備とは関係のないダムなどを作っている事業のように聞こえますが、実際には保安林整備も含まれており、本数調整伐と呼ばれる間伐事業も実施されています。したがって森林整備の総額を費目の種別のみでトレースすることは実は困難なことであるといえます。
ここで仮想計算をしてみましょう。林野庁ホームページを参照すると、「間伐の推進」という名目で割り振られた予算が52、255百万円 (平成19年度)とあります。ここ3年に関していえば国は森林整備に毎年約500億円ほどの予算を計上していることになります。 この500億円をざっくりと造林事業費の3割と考えると、県を含めた補助金の総額は4割ですから700億円ということになります。繰り返しますが、これ以外にも様々なメニューがあるので、これは年間に投下される森林整備事業費の一部であると考えられます。林野庁の資料によると事業費ベースで年間2500億円(平成17年度)が森林整備に投入されたとあります。造林補助金は各都道府県に配分され、これに県費・市町村費を付け足して事業体に交付されます。
補助金の消化とその問題点
造林補助金を考える上で重要なことは2点あります。1点目は「補助金は実績に基づいて交付される」ということです。これは、基本的にはその年度の事業が終わってみなければどれぐらいの補助金が使われるのかが分からないことを意味します。そして、2点目は「事業費の何割かが補助される」ということです。これは「補助」という名前がついているのだからあたりまえのことですが、裏返せば「残りの何割かは所有者の負担になる」ということです。三重県で紹介した長期育成循環施業は材の搬出を前提としているので、この補助体系が適用可能なエリアはかなり制限されます。端的に言えば、道から遠い多くの森林については「やればやるほど所有者負担が増える」ということになります。
補助金は申請して交付されるものです。毎年必要となる事業費が安定していれば、ほぼそれに必要な予算措置の額も分かりますから問題はないのかもしれません。確かに伐採-収穫のサイクルを旨とする林業ならば毎年行われる施業の量は同じになるはずですから、机上で考えると年度ごとの補助金額はほぼ一定になりえます。しかし、造林補助金に対する需要が措置した予算額よりも少なかったらどうでしょう?実績補助なので、当初予算と齟齬が生じる可能性は当然ありますし、その予算の額は「これだけの実績をあげよ」というノルマとして立ち現れるのではないでしょうか。
前にも述べたとおり500億円は実に巨額ですがあくまで補助事業であり、特別なメニューの事業や収入が見込める森林以外では所有者へ補助額を除いた分の負担が発生します。その負担により所有者が「やりたくない」といってしまえば基本的にはそれまでの話であるはずです。林業が盛んな土地であればむしろ補助金が足りないという状況に陥る可能性はありますが、林業意欲の低下が指摘される近年では需要と供給がマッチする事例のほうがむしろ少ないかもしれません。
実際にその地域にどれだけの施業地があるかを把握しているのは市町村、県などの地方自治体です。つまり国が「配分」した補助金の執行管理をしているのは地方自治体であるということです。その配分を消化する場所を探す必要がありますし、採択用件もあるのでどこにでも使えるというわけではありません。 補助金予算の残は返還することが可能だといいますが、実際には補助金を消化するために自治体や地域の森林組合レベルで「掘り起こし」をかけているという話を耳にします。大規模な森林所有者がいる地域は別として小規模・零細・分散といった所有形態が特徴の山林でまとまった施業地を探すのは手間がかかります。森林GISなど森林管理手法は向上しているとはいえ、市町村や森林組合にはそれほど人員が多くいるわけではありませんので、課せられたノルマを消化するために施業地を探し、土地所有者の了解を取るのはかなり地道で負担の大きい作業であると考えられます。もちろんこの作業には補助金は交付されません。
こうした問題は、特に政策による誘導を目的として補助金に対する予算が増加した場合、特に顕在化すると考えられます。そもそも、森林所有者のニーズに十分に配慮した補助制度ではないため、その予算額を増やしても森林所有者の大きな反応は期待できません。また、政策誘導的な補助金は、その性格的に「使いきれませんでした」とした結果を容認できないケースがほとんどだと思われます。間伐などの施業と施業にいたるまでの手間は車輪の両輪の関係です。どちらが欠けても円滑な運用はできませんが、後者についてはあまり重視されてこなかったのではないでしょうか。
地球温暖化といった環境問題などの関連からも森林施業の重要性は認識され、補助金の予算措置も講じられていますが、それらはどのように運用されたら効率がよいかといった内実についての検証も必要ではないでしょうか。
【参考文献・資料】
・東京都産業労働局農林水産部ホームページ
http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/norin/shinrin/zourin/ZOURINN.htm
・三重県環境森林部森林保全室ホームページ
http://www.pref.mie.jp/SHINHO/gyousei/zourin/chouki.htm
・井口隆史, 「民有林造林政策」, 堺正紘 編, 『森林政策学』, 日本林業調査会, 2004年
・林野庁ホームページ『平成19年度予算の重点事項』
http://www.rinya.maff.go.jp/policy2/h19yosan/h19juuten1.html
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