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3.再造林放棄地とニホンジカ、森林被害の火種(後編)

神奈川県自然環境保全センター研究部 山根 正伸


 再造林放棄林が引き起こすシカ被害問題
以上のような放棄林地のシカの食物条件の変化と対応するシカ個体数変動、さらには食物とシカ個体数との相対的な関係(1頭当たりのシカが利用できる食物量)を念頭に置くと、放棄林地を発端とするシカ被害は、少なくとも2つのパターンが予想できる。

まず、放棄林地におけるシカ過密化による植生退行とそれに続く土壌流出の拡大である。放棄林地においてシカの過密化が進んで、累積的な利用圧が高まっていくと、植生は次第に貧弱になり、本種が好まない植物種が繁茂し、場所によっては植生が失われて地表面が露出するようになる。また、利用圧が高まるとシカが縦横を歩き回って地表面が堅く踏み固められ、土壌が強く攪乱される割合が高まる。このような地表状態に強い雨が降ると、高木がないので雨滴は地面に直接当たり、踏み固められ浸透能が低下した土の表面を雨が流れて土壌表面浸食が拡大していく。地表流は斜面の凹地形面に集まり斜面下部への流れとなり、徐々にガリーと呼ばれる小さな浸食谷を形成し、やがては谷が拡大し、土砂流出が加速していく。

もう一つは、放棄林地で増えた個体が周辺に移動・分散し定着することで、周辺の林地においてシカ密度が上昇し、やがては過密化するという連鎖を繰り返しながら、定着先で植生劣化など周辺域における二次的なシカ被害を引き起こすというパターンである。

図1 幼火災や森林伐採後の植生遷移とシカの餌供給量の推移
(横軸は火入れ(山火事)からの年数、縦軸は餌供給量)
出展: Giles & Snyder(1970)、大泰司紀之編「シカ類の保護管理」

通常、林冠の閉鎖した人工林では、地面に達する光が少なく、このため林床の植生量は少ないが、林内のギャップ(樹冠の開けた孔状の空間)ができたり、間伐などで樹冠が開けたりすると植生が生えて食物条件が一時的に好転する。 また、ササやアオキなどの常緑の草本が林床に優占していることも多く、周辺に移動・分散した個体は、そのような場所を利用して個体数を増加させていく。食物条件は放棄造林地ほど良くないため、累積的な食圧により植生が劣化するスピードは早く、それほど年数を経なくともシカの過密化が起こる。そして、このような連鎖が次々と外側へと広がる、数十年を経過すると一帯はシカが過密化し、林床もシカの強い影響を受けた貧弱な植生に変化する。 こうなると、幼齢造林地では苗木食害が、成林地では樹皮喰いが多発・恒常化するようになる。また、造林地帯より高標高域にもシカの分布が拡大し、自然林地帯での樹皮喰い、植生採食などの自然生態系への影響も激化することもある。

このような変化は、もとのシカ個体群の密度や個体数が急増の原因となる放棄林地のサイズや分布状態によっても異なる。面積が小さく局所的な場合では、シカの個体数の増加は少ないので、このような連鎖はごくゆっくりすすみ、その影響も小さいと考えることができる。反対に面積の大きな放棄林地がまとまって分布する場合は、シカの個体数が急増するため、その分、周辺部への波及影響も大きくインパクトも強くなる。

樹皮食いシカ
写真1 樹皮食いをするシカ
現在のところ、放棄林地に端を発するこのような被害発生・拡大に関する実証的な調査研究はほとんどないが、丹沢山地ではこのようなプロセスを予見するのに十分な出来事が観察されている。このケースでは、拡大造林とシカ保護などが原因となりシカが急増し1970年代に造林地での苗木食害が激化したため、しばらく再造林されず放置された多数の伐採跡地が、事の発端となっている。

その後、シカ柵が放棄林地も含めてすべての幼齢造林地に設置されるようになったが、その過程で、ササの退行など植生の劣化が人工林周辺から徐々に広がり、1980年代以降は広域的なササの退行に代表されるような林床植生の貧弱化が急速に進んだ。この間、シカの密度はほとんど変化せず1990年代に入ってからは栄養状態の悪化や、それに伴う成長の遅延などが観察された。また、人工林地帯の上部に位置するブナ林地帯では、1990年頃からササの退行が始まり、シカの集中・高密度化現象が観察されるようになった(写真1)。そして、今世紀に入ると、ほぼ全域で植生劣化が進み、地表がむき出しになった場所では土壌流出が拡大して問題化している。

丹沢の場合、シカ柵の設置が短期間に進んだので、人工林地帯での急激な食物条件の悪化を招いて、その後の周辺域への影響がよりドラスティックに発現したとも考えられるが、このことは、放棄林地でシカを増やしてしまってからの後手の対策の難しさを示す事例と考えることもできる。

シカ管理と森林管理の一体化
放棄林地に端を発する各種シカ被害を防ぐには、放棄林地を含む一帯で、初期段階でシカの密度を大幅に低下させることが重要である。この際、個体数増加に直接影響の大きいメス成獣を主体に個体数を調整することがポイントと思われる。可能ならば、放棄林地にできるだけ早期にシカ柵などを設置して植栽を行い、食物供給源を絶って森林に再生する対策を組み合わせることも効果的であろう。とにかく、各種森林被害の火種となるシカを当初から増やさないことがポイントである。

残念ながら、現時点では森林管理とシカ管理を計画的かつ一体的に進めていくような実効性ある制度的枠組みはまだ用意されていない。しかし、森林伐採や強度の(利用)間伐などシカの食物条件を大幅に変動させる森林利用を進める際には、現場レベルで工夫して両部門が連携して対処していくことはそれほど難しくはないと思われる。そうすることで、後年、シカ被害が深刻化・多様化して強いられるだろう各種対策の負担は大幅に軽減されるはずである。

今世紀に入る前後から、各地で戦後植栽された人工林が収穫期を迎え伐採活動が活発化しており、国産材利用の拡大が様々な文脈で各方面から期待されている。しかし、森林伐採の拡大は、その材価如何によっては再造林放棄など不適正な林地の取り扱いを拡大させる危険性をはらんでいる。そして、シカが生息する地域において、シカ管理不在の伐採地の拡大は、シカの急増とそれに続く様々なシカ被害の火種となる可能性が十分にある。このため、林地を循環的・持続的に利用する国産材時代を確実なものにするには、森林利用・管理へのシカ管理の組み込みについて、行政の縦割り解消方策、制度設計、予算措置、さらには計画技法や技術開発などを含んだ各種検討が早急に必要と思われる。                         
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