再造林放棄地とニホンジカ、森林被害の火種(前編)
山根 正伸
氏/神奈川県自然環境保全センター研究部
はじめに
ニホンジカ(以下、シカ)による被害が全国的な広がりをみせ、各地で社会問題化している。その中身は、農作物や造林地の苗木の食害や踏み荒らしなどの農林業被害が広がり激化していることに加えて、高山植物を食べ尽くすなどの生態系被害、道路・鉄道での衝突事故(ロードキル)なども増えている。
このようにシカ被害が各地で深刻化、多様化する中、最近、新たな火種が加わっている。木材収穫のために皆伐後、再造林がなされず放置されたいわゆる再造林放棄地が増加し、そこが発端となり本種が増加・過密化して各種被害へと拡大していくおそれである。
本稿では、再造林放棄地の現状を簡単に紹介するとともに、造林地におけるシカの生態との関連づけからそこが発端となる各種シカ被害拡大の可能性とその対応について論じた。
拡大する再造林放棄地
「再造林放棄地」(以下放棄林地)とは、皆伐された人工林跡地のうち再び造林されずに放置されているものを指す。統計上は、「造林未済地」として、人工林伐採跡地のうち伐採が終了した日を含む伐採年度の翌伐採年度の初日から起算して3年以上経過しても植栽等の更新が完了していないものと定義づけられている。
このような放棄林地は、林野庁調べによると2003年(平成15年)度と2006(平成18年)度にはおよそ2.5万ha、1.7万haに及び、北海道、九州、東北など収穫期を迎えた人工林の多い地域に広がっていることが明らかにされている(表1)。県別では、東北地方では岩手県や秋田県、中部では三重県、中国・四国地方では島根県に多く、500haを超えている。また、九州地方では宮崎県が際だって多く、2003年時点では3,546haが報告されている。これらの造林未済地は、2003年調査後に行動計画が作成され、解消に向けた取り組みが進んだ結果、大半の県で減ったが、北海道や宮崎県などでは依然として多く、青森県、長野県、高知県、熊本県、高知県など増加している地域もある。
表1 全国における造林未済地の発生状況
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再造林放棄は、伐採跡地を無立木状態で放置するため、急傾斜地や伐採時の林地の利用状況により、土砂流出や斜面崩壊が起こる危険性が指摘されている。とくに、急傾斜地や地形条件が悪い場所で、木材収穫時に林業機械が地面を大きく攪乱したり、無理な作業道を敷設した場合、雨水ともに土砂流出や局所的な斜面崩壊が起こり易くなるといわれている。斜面崩壊は、伐採した人工林の根が10~15年程度で腐り地面を緊縛する力が落ちた状態で、凸型斜面の上部の傾斜変換点などから発生するといわれている。
放棄林地拡大の原因は、材価の下落により再造林するだけの収益が得られず、将来にも見通しが立たないことによるものだと考えられているが、一部地域ではシカ食害の深刻化による再造林コストのさらなる上昇や林業への意欲喪失などの影響も指摘されている。
ニホンジカと造林地の関係
シカは、幼齢造林地で苗木などの食害に結びつくような生態的特性を持つ。本種は、北海道、本州、九州、四国などに生息するシカ科に属する大型の草食獣である。もともとは平野部に広く生息していたが、現在では、険しい山岳地以外の草地を含んだ森林地域を基本に、落葉樹林、照葉樹林、草原など様々な植生に適応している。主な食物は植生の違いや季節により地域ごとに異なるが、草本、木の葉、堅果、ササ類等およそほとんどの植物種を食べ、成獣は一日に湿重で5kg前後を採食する。通常、成獣はメスとオスが別々に生活し、メスの成獣はその子供と構成する親子グループで生活し、複数の群が餌場を重複して利用するゆるやかな社会構造を持つ。このため、良好なえさ場所では局所的に非常に高密度化することがある(図1)。
図1 幼齢造林地(シェード部分)を複数のシカ母仔集団が重複利用する様子の模式図 (A~Cの楕円は異なるシカ集団の行動圏を示している) |
彼らは食物条件に応じて、体の大きさや出産開始齢、出産率が変化する。栄養価が高い食物を充分採食でき、穏和な環境下では、栄養状態が好転し、良好に成長して2歳から出産をはじめ、その後もほぼ毎年1頭の子を生む。悪化した食物条件下では、成長が遅れて出産開始齢も1年ほど遅くなり、出産も間断的になる。また、生まれた子の死亡率もやや上昇していく。また、栄養価や消化率の低いものを利用するようにメニューを変化させ、体も小さくするなどして個体数を維持する高い環境適応能力を持っている。このため、シカは、良い餌場があると集中し、個体数を増加させ高密度化し、食物条件が悪化しても個体数はあまり減少せず質的に悪化しながら過密化していく。
成林した人工林は本種にとってそれほど良好な餌場ではないが、伐採後数年から10年程度の期間は良い餌場となる。伐採跡地における植生の経年変化を、本種の食物供給量の推移という視点で見ると、次に述べるように、当初草や灌木類が急増して5~10年でピークに達し、その後、灌木類や木本類が成長すると減少していくという経過をたどる(図1)。
木材収穫のために人工林を皆伐すると、林床が露出して、それまで立木の樹冠で遮られていた日光が到達するようになる。その結果、林内に生えていた草や灌木類の勢いが増し、また周辺の樹木や草から種子が飛来して多種多様な植生が繁茂する。植生量は伐採直後にはまだ少ないが、その後、数年で急速に量を増しピークを迎える。この間の植生は、柔らかく多汁質でタンパク質などの栄養成分に富み、繊維質の少ない消化率の高い草本類や灌木類の枝葉の割合が大きく、現存量も多いため、シカの食物条件は大幅に好転していく。
さらに年数が経つと、灌木類や木本類は成長してシカが届かない高さになって利用可能量が低下し、草本も繊維成分が高く消化率の低いススキなどが優占するようになる。このため、良い餌を供給する植生の割合は低下し、食物条件は悪化していく。再造林地の場合は、8~15年経過すると植え付けられた苗木が成長し樹冠が重なり閉鎖するので、地面に到達する光はわずかとなり植生量そのものが大きく減少する。
このような伐採跡地におけるシカの食物供給量の変化は、放棄林地でもほぼ同様と考えることができ、苗木が植栽されない分だけ、その状態は質・量ともに、再造林地よりやや長い年数良好に維持される。
上述したようなシカの生態的特性と併せ考えると、放棄林地では、当初は食物条件が良いため栄養状態が好転して個体数が増加し、周辺に生息するシカなどの重複的な利用も加わり局所的に高密度化が起こると考えることができる。その後は、食物条件が悪化するに従い、1頭あたりのシカが利用できる食物量や質が相対的に低下しながら過密状態が徐々に高まり、さらに時間が経過するとシカの栄養状態の悪化や個体数増加の伸びの低下が生じていくと推察される。しかし、その後も、強い狩猟圧や大雪などの顕著な個体数減少イベントがなければ、個体数は緩やかに増加し続け、過密状態はさらに拡大し、シカの利用圧は高まっていく。
後編では、再造林放棄林が引き起こすシカの被害問題について類型化し、今後の対策について論じていく。
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