日時:2010年11月13日(土)16:00-18:00
場所:アサンテサーナ・カフェ
フェアウッド・アイテム 西川材で作る家具、しゃもじ、へら
話し手:井上 淳治さん(林業家/きまま工房・木楽里 店長)
フェアウッド・メニュー 西川の森で育ったキノコのオーブン焼き
話し手:佐山 陽子さん(アサンテサーナ・カフェ店長)
☆講師プロフィール
井上 淳治さん(林業家/きまま工房・木楽里 店長)
1960年3月8日生まれ。江戸時代から優良材の産地として知られる西川林業地(埼玉県の入間川、高麗川、越辺川の流域)の林業経営者(10代目)。経営面積は80ha。1982年3月、東京農業大学農学部林学科卒業後、同大学造林学研究室研究生、奈良県桜井市の製材工場での製材見習いを経て1984年4月から家業の林業に従事。1997年7月、きまま工房「木楽里」を開設、現在に至る。現在、全国林業研究グループ連絡協議会副会長、埼玉県森林協会副会長(林業研究部会部会長)、NPO法人西川・森の市場代表理事。
佐山 陽子さん(アサンテサーナ・カフェ店長)
市民事業ビジネススクールの企画・運営、起業支援の会計代行サービスを経て、2005年7月よりアサンテサーナ・カフェの運営を始める。おいしく、体が元気になるご飯を食べてもらいたいと思い、素材にこだわり、仕入れ先の農家にはすべて足を運ぶ。作る人と食べる人をつなぐカフェを目指し、お客さんやスタッフと手伝いに行っている農家さんや畑のことをブログで発信している。3児の母。自然が何より好き。神奈川県の海のそばに在住。
5回目となった今回のテーマは、埼玉県南西部で良質の杉や桧を生産している「西川」の木材です。都心から40~60キロと近く、古くは江戸の町の家屋や道具に利用され、繁栄していた西川林業地帯。ところが今は、木材価格の低迷により放置林が増え、従事者は激減しています。今回お招きした講師は、そんな西川材に光を当てようと誰もが木工を楽しめる「きまま工房・木楽里(きらり)」を開いている林業家の井上淳治さん(写真下)。埼玉の里山で育ったキノコのお料理をいただきながら、林業や木製品をめぐって参加者を交えた活発なトークタイムとなりました。
西川材の歴史と現状
井上さんのお話は、西川材の概略から始まります。西川林業地帯は、埼玉県南西部を流れる入間川、高麗川、越辺川(おっぺがわ)流域で、飯能市、越生町、毛呂山町、日高市の4市町にまたがります。林業地としては約2万ヘクタールと規模が小さく、同一規格で大量生産するには不向きであること、秩父古生層と関東ローム層の混ざった土壌と平均気温13度前後の温暖な気候が杉や桧の生産に適していることが特徴です。かつては、材をいかだで千住や木場に流送していたので「西の川から送られてくる良材」ということから「西川材」の名がついたといわれ、当時は“ブランド”視されていたようです。江戸時代中頃から植林していたため、商品として安定供給していたのではないかとも考えられるそうです。
そんな輝かしい歴史を誇る西川材ですが、産業の変化と材価の低迷でどんどん衰退していきます。まず、燃料が薪炭から石油などに替って需要が減ります。昭和40年代からは後継者のほとんどがサラリーマンとなり、さらに安価な輸入材の増加が追い打ちをかけました。1960年から2005年の間に、大卒の初任給は14倍になっていますが、杉の立木の価格は下がっているのです。増加の一途にある放置林を減らすには、補助金を投入するしか手がないのだそうです。国の世論調査でも、森林に期待するのは二酸化炭素の吸収や山崩れ・洪水の防止などが上位で、木材生産への期待度は年々下がっています。
井上さんの挑戦~西川材の復権を目指して~
先祖代々続けてきた林業を10代目として継いだ井上さんは、「林業を続けるには新たな収入源が必要」と、誰もがDIYを楽しめる工房の開設を思いつきます。54坪の建物を西川材で建て、大型木工機械を各種導入して、1997年7月、「きまま工房・木楽里」をオープンさせました。
木楽里に来るお客さんは、幼児からお年寄りまでさまざま。夏休みの宿題でポストを作る姉弟、いすの端材でパズルを作る幼稚園児、若い夫婦はダイニングのいすをそれぞれ自分で作ったり、お父さんが子どものために学習机を作ったりと、目的もさまざまです。
木楽里を始めて、井上さんはいくつかのことに気づいたそうです。まず、「日本人は木が好き。だが、木のことを知らない」ということ。木に触れる機会が少ないためか、刃を入れる方向やどう扱うと割れるかといった知識が、驚くほどないのだとか。次に、消費者と専門家の双方に思い込みがあること。例えば、専門家は「黒いスギ材や節のある材は使いにくい」と思い込んでいます。井上さんは、黒い材を好んだり、節でできた穴にぬいぐるみを入れて喜ぶお客さんの様子にたびたび驚かされるそうです。消費者には「木は高価だ」という思い込みがあります。これについては、木材の価格を上げたい立場として、あえて否定しないそうです。
工房の他にも井上さんは「西川の森を守りたい」といろいろな取り組みを始めています。エコツーリズムを主催したり、地元の大工や製材業者を集めて「西川大工村」もつくりました。また、2008年に立ち上げたNPO法人西川・森の市場では、西川材による家づくりのサポートをメインに、講座や体験教室も開催して西川材をPRしています。
近年、「森林文化都市」を謳う飯能市は、西川材の復権に市を挙げて取り組んでいます。西川材の間伐材で作られた巨大な木馬「夢馬(むーま)」が、西武池袋線飯能駅南口に設置されて地域の夢のシンボルとなっています。
伝統の木組み法
井上さんは、お話の最後に日本の建築に古くから伝わる木組み法のホゾを実践してくださいました。木材を組む場合、一方の材に穴を開けて他方の一部を通すホゾが、釘や金具でつなぐよりずっと強いのだそうです。しかも、ホゾにはいろいろな種類があります。
井上さんは「鼻栓」「ホゾ組み」「通しホゾの割りくさび」と3種類披露してくださった後、「最後は『地獄ホゾ』といって、組んでから中で広がってガッチリ組まれる究極の伝統技。すごく難しいので、できないかも…」と一層真剣な表情で金づちをたたき込みます。参加者の皆さんは息を飲んで見守りますが、見事1回で成功。会場に拍手が沸き起こる中、「ホゾ一つ取ってもこれだけ種類がある。日本の伝統の良さだと思うんですよね」としみじみと話して講演を締めくくられました。
キノコのオーブン焼きとクロモジ茶
ここで皆さんお楽しみの軽食タイムです。アサンテサーナ・カフェ店長の佐山陽子さんが「素材の風味と歯ごたえを大事に調理した」と言うキノコのオーブン焼き(レシピは下記参照)が振る舞われました。材料は飯能産の原木シイタケと井上家の山林から採れた原木ヒラタケ、埼玉県ときがわ町の原木ナメコと天然アカハツです。お飲み物は、同じくときがわ町の里山の天然クロモジのお茶。軽食をいただきながら、プログラムはトークタイムに移ります。
トークタイム(井上さん×佐山さん×進行役:三上)
井上さんと佐山さんを中心に、参加者も交えてフリートークを行いました。進行役は、フェアウッド・パートナーズの三上雄己です。
佐山:昨年、木楽里で木工にチャレンジしたのですが、作る前は一脚5万円のいすに「高い!」と感じたのが、作ってみると納得できました。私の木製品に対する価値観がガラリと変わって、今では1,000円のいすなど見ると疑問がわきます。
井上:木楽里のお客さんに材料費を言うと、反応は見事に二分します。「そんなに高いの!?」というのと「そんなに安いの!?」というのと。おそらく前者の方々は、日頃ホームセンターなどで安い物ばかり買っているのでしょう。
三上:石油製品が登場して大量生産・大量消費の時代になってから、木の製品への価値観が埋もれてしまっている気がします。
井上:昔は生活用品の材料は木しかなかったのが、今はプラスチックや金属などいろいろあって、しかも安いですからね。
参加者:私は国産の竹やマタタビのかごを販売していますが、今は中国産やプラスチック製のものが圧倒的に安く、同じ状況です。国産や天然で安心素材のものは「高くて買えない」と言われてしまいます。
参加者:そうした価値観の変化も背景にあるのか、実家の山が放置されています。手入れをするとお金がかかるので、どうしたらいいやらわかりません。
井上:手入れしようとしても、境界がわからない所有者が多くて苦労するといった話もよく聞きます。放っておくと山がダメになるので補助金制度を利用して整備してくださいとアドバイスしています?。
参加者:木製品は高いと敬遠していましたが、間伐体験をしてから木を見る目が変わりました。見て聞いて触れることが大事だと思うので、消費者と森をつなぐ井上さんのような存在は大事だと思います。
井上:ありがとうございます。間伐といえば、間伐材の使い道がなくて困っています。昔は丸太のまま建築現場の足場になっていたのですが、パイプに取って換わられました。間伐材は未成熟なので加工せずに使う方がいいのですが、利用法が見つかりません。
参加者:木の家を建てたい人にアドバイスをください。
井上:できるだけお金を貯めることと(笑)、どんな生活をしたいのか明確にすることです。良い大工が建てると、柱に微妙な長短など案配をつけるので何十年も持ちますが、その分高価です。機械で均等な長さに切ったもの(プレカット)なら安くできますが、早くダメになります。
これぞ木の良さ
トークが終わると、井上さんは再度木片を取り出しました。そばには熱くなったアイロン。今度はいったい何を見せてくださるのでしょう!?井上さんは木片に金槌を振り下ろします。当然ですが、その部分が凹みました。ここでアイロンの出番です。凹んだ部分にぬれ布巾を乗せてアイロンを当てると、なんと凹みがなくなったではありませんか!種も仕掛けもない木片の変化に、楽しそうに見入っていた参加者からは割れんばかりの拍手が起こりました。「このクッション性が木の良さだと思うんです。ビッグサイトみたいな場所に数時間立っていると疲れますが、木楽里だと一日でも疲れませんから」。井上さんのそんなお話で、この日の講座はお開きとなりました。
NGOに勤める男性(39歳)は「物づくりの背景を地理、歴史、産業と多面的にお話いただき、木製品のことがよくわかった」と話し、「木製品の価格については、家族が居て住宅ローンなど抱えていたらやはり手が届かない。消費者の価値観が変わっても限界があり、林業なら材料面、建築業なら技術面で工夫して、消費者の立場に近づいてもらいたい」とご意見を下さいました。また、「都会生活に疲れて仕事を辞め、今後の生き方を考える中、こういう世界に触れたいと思った」と参加した26歳の女性は、「ものづくりに込められた思いや先を見据えた姿勢に触れ、感動した。木と人の手の妙を見て、私も自然に近づけば何かできそうだと、進路に大きなヒントをもらえた」と笑顔で話して下さいました。
☆キノコのオーブン焼き
【レシピ】
原材料
キノコ(今回は、シイタケ、ヒラタケ、ナメコ、アカハツ)、タマネギ、パン粉、オリーブオイル、菜種油、塩、こしょう
作り方
1. キノコを適当な大きさにカットする。
2. キノコにオリーブオイルをかけ、200度のオーブンで10分ほど焼く。
3. カットしたタマネギに塩こしょうをかけて菜種油で炒める。
4. 2.に3.を乗せ、パン粉と塩こしょう、オリーブオイルをかける。
5. 4.を200度のオーブンで20分程度焼く。1. ヒヨコマメをゆで、フードプロセッサーで攪拌する。
2. ニンニクとフキノトウをきざみ、オリーブオイルでソテーする。
3. 1に2とレモン汁を加え、フードプロセッサーで攪拌する。
☆今日のキーワード【西川林業】
■「西川(にしかわ)」の名前の由来
西川林業とは、埼玉県南西部の荒川支流の入間川(いるまがわ)、高麗川(こまがわ)及び越辺川(おっぺがわ)流域で行なわれている林業のことをさします。
「西川」とは地名ではありません。江戸時代以降、この地方の村々では、山から切り出した木材を、筏(いかだ)に組み、江戸(東京)に盛んに流送していました。消費地である江戸から見ると「西の川筋から流されてくる木材」のため、『西川材』と呼ばれるようになったと言われています。
■西川林業地帯
現在の西川林業地帯は飯能市を中心として越生町、毛呂山町、日高市の2市2町に及んでいます。この地域は、秩父山地に連なる山間地から関東平野に接する丘陵地にわたっており、東京都心から40~60キロメートル圏と比較的近距離にありながらも、自然が豊かな地域です。
標高は名栗地区で1,300メートルに及ぶところもありますが、ほとんどは600メートル以下、平均気温は14度程度と比較的温暖で、年間降水量は1,500ミリを超えます。降雪は山岳地域を除けば年に2~4回で積雪量もせいぜい10~20センチと少ない地域です。
西川林業地の森林面積は、約2万ヘクタールです。そのうち約8割が人工用材林で、樹種はスギ・ヒノキが2対1の割合となっています。森林の所有形態は、一部に公有林もありますが、森林面積の約9割が私有林で、そのほとんどが小規模な所有です。
■なぜ良材ができるのか
地域の大部分は秩父古生層からなる褐色森林土で、平均気温12~14度、平均降水量1,700~2,000ミリ、降雪は年3~4回と比較的温暖であり、地質、気候ともにスギ・ヒノキの育成に適しています。
出典:飯能市ホームページ 協同組合フォレスト西川
【協力】 アサンテサーナ・カフェ
生産者から直接仕入れた無農薬無化学肥料の玄米や野菜のご飯、オーガニックコーヒーや紅茶を味わえるカフェ。様々なイベントも実施。フェアトレードのショップもあります。店内は国産材の机や椅子、丸太のテーブルがあり、自然の中にいるような雰囲気の中で、壁一面の本棚に並ぶ様々な本もゆっくりと楽しんでいただけます。
TEL:03-3791-2147
【主催】 フェアウッド・パートナーズ
URL:www.fairwood.jp
Eメール:info@fairwood.jp
TEL:03-6907-7217(FoE Japan 中澤・中畝)/03-3813-9735(地球・人間環境フォーラム 坂本)
※本講座は環境再生保全機構・地球環境基金の助成を受けて実施しています。